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レス、ありがとうございます。
詳しく書けなくてうまく言えないんですが、私自身の置かれている状況はちっとも過酷じゃないんです。 私の心が狭くて、その過酷な状況に置かれている人に同情できない、でも反論するにはその人の置かれている状況が過酷すぎて黙って聞くしかない、それでストレスがたまる・・・みたいな感じでしょうか。
へたくそですがたとえ話を書いてみます。 ある事件が起こったとして、それには色々な要因があります。 私は当事者からちょっと離れた立場から客観的に見て、事件に対して不謹慎にも「やっぱりね」と思ってしまったとします。 でも、当事者にとっては青天の霹靂、「うちの子に限って」状態、無理もありません。 周りの人も事件だけみればほぼ100%当事者に同情、でも色々な要因を知る私は「やっぱりね」と思ってしまった。 そんな中、私は当事者の話を「おかしいよ」と思いながらも黙って聞くしかありません。
みたいな感じですかね。 「やっぱりね」はたとえですが、そういうぶっちゃけも、私が思った要因も、すべて誰かに話せてしまえば私自身はちょっとは楽になるかな?と自己中に思ってしまうのです。
ちなみに、「当事者」の家族の方に、人づてにカウンセリングなど勧めてみましたが(私なんかよりよっぽど必要だと思ったんで)「そんな(都合のいい)もの、あったらお目にかかりたいよ」と一蹴されてしまいました。 私はカウンセラーではないんで、その「当事者」の方に何か意見を求められるような事もないんですが、黙って話を聞くだけでも心がすり減ってしまうような感じがするんです。 身勝手だ、心が狭い、と言われてしまえばそれまでなんですが、私にも心があるんです。 |
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